適応障害と診断された友達は笑えてなかった

ADHD

「適応障害って診断されたんだよね。」

友人からの一本の電話。

電話をもらった時は診断されてから2週間経過していて、彼はまだ働いていた。

その1週間後彼に会って話したのだが、どこか笑顔が消えていた。

今回はそんな彼と話したことと感じたことをお話しします。

彼には許可をいただきました。



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適応障害って何?

適応障害とは、進学、就職、結婚など新しい環境にうまく適応できずに、うつ状態や不安状態、 攻撃的な行動などの症状が現れて社会生活に支障をきたすことをいいます。

彼の職業は高校教師。

部活動が盛んな学校で合宿なども頻繁にあり、1日休みは年間50日もないかもしれないと言ってました。(ちなみにサラリーマンの平均休日日数は120日)

採用直後から教員の労働環境っておかしいと言っていた彼ですが、今年から担任業務を任されることになって仕事量が増えたそうです。

物事を客観視することが得意な彼は、マルチタスクが向いていないということと、自分が任された仕事をできていないということがわかっていて、この職業は向いていないのかもしれないと感じていました。

責任感が強い

彼は責任感がすごい。

教えるということは好きだし、子どもたちのために去年は働くことができたと言います。

しかし、今年担任業務を任されて唯一のモチベーションだった子どもたちとうまくいかないと感じてしまうようになりました。

今もし自分が抜けたら他の先生に迷惑がかかってしまう、そんな風にも考えてしまいます。

実は9月の末、適応障害と診断される前に一緒に年度末退職希望を書きました。

「多分ひとりじゃ書けないからこみー立ち会ってくれない?」

ほんとにぼくはその場にいるだけでしたが、誰かがいてあげることが大事だと思ったし、ぼくも彼の力になれてるのが嬉しかったです。



笑ってるんだけど笑ってない

2ヶ月ぶりに会って感じたのは、なんかどこか笑ってない。

笑ってるんだけどどこか引きっつてる。

ストレスで掻いてしまって手が荒れていたり、薬を飲まなきゃいけないとわかっていながらもお酒を飲んでしまっていたり、他にも危険信号が体に出ていました。

彼は大学受験の時に、診断はされてないもののうつの経験していて

「あの時は食欲もなかったしものを食べても味がしなかった。」

だから今はまだなんとか大丈夫と言っていましたが、ぼくからしたらもう十分危険な状態にあると思ってます。

彼は経験上今の環境を変えれば自然と症状は和らぐと言っていました。

ぼくも卒論が辛くて今後どうしていいかわからなくて苦しんでいましたが、卒論も終わり地域飛び込んだら自然とそのようなネガティブな思考回路からがずれることができました。

すぐに休ませてもらいなと彼に伝えました。

一刻も早く今の環境から抜け出して欲しいなと思っています。

自分の気持ちを話せる職場があれば

ちょっとここでぼくが感じたことを話します。

最近、自分がモヤモヤしてることや、どうやって働いていくのか生きていくのか話せる環境が職場があったらいいなと思っています。

「ぼくはこうやってやっていこうと思うんだけど、あなたはどう考えてる?」

「私はこのこのやり方のここが違うと思うんだけど、どう感じる?」

もちろん会社として、組織として、できないことはあると思いますが、そのコミュニケーションがあるかないかがすごく大事だと思うようになりました。

綺麗事のように感じますが、ほんとにそうやってやっている組織の人たちを見るとめっちゃかっこいい。

彼の話を聞いて、学校のような仕事量が多くいろんな人がいる職場こそ、コミュニケーションが必要なんじゃないかなと思いました。

まずは伝える努力。

特にぼくのようにできることとできないことが極端に分かれている人は誤解を生じてしまうことがあるので、チームで何かやる時はちゃんとコミュニケーションをとった上で同じ目標に向かっていきたいなと思います。

とにかく好きなことだけをやていて欲しい

こんな愚痴を聞いてもらって申し訳ないと別れ際に言ってくれましたが、頑張っている彼を見ているし自分も同じような境遇にいたので気持ちがすごくわかります。

早く休みをもらって休んでるのに遊んでていいのかなとか考えないで好きなことだけやって欲しい。

心の底から楽しい生活が送れるようになって欲しいなと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではまた!



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